-F.P.シューベルト(1797-1828)-

内気で素朴で誠実なその人柄は、シューベルトの音楽を聴くとよくわかる気がする。

シューベルトの生涯で話題にのぼる女性の名は2,3なくもないが、どれも実のない話題にとどまっていたようだ。彼は自分の気持ちを相手に告白するにはあまりに内気すぎたし、家庭をいとなむ資力のないことをも知りすぎていた。

しかし彼は友人にはたいへん恵まれていて、当時のウィーンの若い芸術家や知識人たちがみな仲の良い友達であった。シューベルトの作品には友達と騒ぎながら作曲されたものも多く、安レストランのメニューカードの裏に友人が5線をひき、そこへ「魔王」のスケッチが描かれたというエピソードもある。

シューベルトは、そんなサークルの間では才能を高く評価されてはいたが、社会的には全く小さな存在であった。音楽の都ウィーンで、わずか31歳で死んだシューベルトにとって、大先輩たちをしのぐことは不可能であったろう。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンによって、器楽の面ではもはや発展の余地は残されていなかった。オペラはグルック、モーツァルト、ウェーバーによって大きく飛躍していた。

したがって天才シューベルトの才能は、一途に歌曲に向けられた。そしてその歌詞として選ばれたのはゲーテを筆頭に、シルラー、ハイネなどである。これら歌曲におけるシューベルトの旋律法は、全く彼独自のものであり、歌詞に旋律をつけたというものではなく、歌詞から自然に生まれたのものであった。詩の感じはそのまま旋律を決定し、旋律は詩の雰囲気を描き出す。また、シューベルトは伴奏に新しい生命を与えた。伴奏といえば、歌の旋律を助けるか、和声的な背景をつくる従属的な意義しか持っていなかったものを、シューベルトは旋律で表現できない絵画的、描写的な表現を伴奏に求め、実現した。例えば「魔王」の早い三連音符の動機は、馬の蹄の音であり、「菩提樹」の伴奏音型は、菩提樹の葉が微風にふるえる描写である。このように、小川のせせらぎも、風のささやきも、波のたわむれも、旋律で描写しきれないものを、ピアノの音でおぎなったのである。

「冬の旅」「美しい水車屋の娘」をお聞きいただきたい。全曲通しての物語と音楽との絶妙な同一性に驚くことだろう。また、そのリリシズムにはきっと感動を覚えるに違いない。