-M.J.ラヴェル(1875-1937)-

ドビュッシーとラヴェルの音楽は、共に世界の音楽の流れを大きく左右した、貴重な存在である。

しかし二人のその方向性は当然同じものではない。印象主義としての手法はドビュッシー一人の力で完成され、それ以上の発展の余地はなかった。印象派的な画家や、象徴派的な詩人でグループを持つことは、ドビュッシーだけに恵まれた環境だったようだ。

もちろんラヴェルはドビュッシーの最大の後継者ではあったが、その音楽は印象派的というよりはむしろ客観性が強く、新古典派としての重要な地位にある。フランス的エスプリの中に、細密に計算された古典的構成があり、近代音楽の一つの指標となっているのだ。

その語法は極めて豊富で洗練されていて、モーツァルト、ショパンに通ずる清純さがある。「スイス製の時計のように精密だ」といったストラビンスキーの評がそれを物語っている。

初期の作品に管弦楽曲「シェエラザード」、「逝ける王女のためのパバーヌ」。その後にピアノ曲「水の戯れ」、「鏡」、「ソナチネ」、「夜のガスパール」など。50代には「ボレロ」「左手のためのピアノ協奏曲」などを作曲した。他にバレー「ダフニスとクロエ」や交響楽曲に「ラ・ヴァルス」があるので聞いてほしい。

ラヴェルの魅力はなんといってもその明快さだろう。

ドビュッシーはドイツロマン派におけるドラマティックな盛り上がりや感情の過多を嫌って反抗し、印象を生命とした色彩主義によって、その表現は常に淡く暗示的であった。

対してラヴェルの音楽は線が明瞭でわかりやすい。旋律は美しく、透明感いっぱいの和声が耳に心地よく響く。生き生きとしたリズム、高潮するダイナミズム、夢幻的な色彩感と魔術的ともいえる多彩な管弦楽法に酔いしれよう。