音楽用語について


速さに関する言葉

クラシック音楽ではイタリア語がとても大きな働きを担っている。つい日本語で考えてしまうが、その言葉の意味を知っているといないでは、そのイメージから表れる音には差がある。イタリア語で書かれている楽語は、音楽以外、日常でも使われている言葉が多く、様々なニュアンスがあるので、演奏する上で原語で考える習慣が大事である。例えば「tempo」はイタリア語で「時間」の他に「天気」も表す。テンポが速い、遅いことそのものが重要なのでなく「気持ち」がテンポを決める。「che tempo fa ogghi?」は、「今日の天気は?」という意味。

■ Lento ■

辞書では、おそい、ゆるやかな、とある。「passi lenti」は、「ゆったりした足取」。「viaggio lento」は、「悠長な旅」。遅いというより、ゆったり、という感じ。

■ Largo ■

辞書では、大きい、広い、自由な、寛大なと、とある。まるでロシアの平原、何時間走っても同じ景色、というように、具体的に、広い場所を想像してみる。 他にも、目の前に広がる海。山の頂上から見た町の光景、飛行機の中から見下ろした地上の様子。など、広大なニュアンスが音楽に表れる様に五感をフルに使い、その言葉で作曲家が表したかったことを理解しようとしてみると、ダイナミックスの変化なども自然とついてくる。楽語を日本語におきかえてわかったつもりになるのではなく、自分の中の「感覚」「感情」をその言葉にシンクロさせること。

■ Andante ■

アンダンテは、歩くような速さ、だが、一口に歩くといっても、様々な気分によって変わってくる。「andare」 という動詞からきているが、これは「walk」ではなく、「go」という意味が強い。Andante は、現在分詞として形容詞のような働きをし、例えば、「anno andante」 は、「今年」という意味。「時」が流れていて、速さとしての解釈は、「ゆったりと」がふさわしい。

■ Moderato ■

形容詞として、適度の、ほどよい、手ごろな、という意味だが、他動詞のmoderareは、緩和する。抑制する。とある。テンポとしては、中庸だが控えめで穏やかと考えられる。たとえば、料理で「モデラートな火」。強風でも無風でもない心地よい風は「モデラートな風」。パーティーでは「モデラートに食べて飲んでね」など。「中庸に」では音楽的に少しぶっきらぼうなので、やはり、原語、イタリア語で考え、微妙なニュアンスを想像して演奏するのが音楽的だ。

■ Comodo ■

辞書では、便利な、気持ちのよい、安楽な、気楽に、とある。「una vira comoda」 は、「快適な生活」。演奏を聴く人に、リラックスした心地よい気分を与えられるようにするとよい。

■ Allegro ■

イタリア語のアレグロには速くという意味はない。陽気に行きましょう!楽しく!明るく!という意味。辞書には、1.陽気な、快活な 2.(会話、劇などが)楽しい、快適な 3.(考え、概念が)明るい、朗らかな、(色彩が)鮮やかな、などと書いてある。Allegretto は、その状態がちょっと穏やかな感じ。よってテンポは遅くはないし、「速く」でも間違いで、曲想の理解を重視し、テンポがその気分をうまく表現していることが重要。

■ Vivace ■

さの記号というより、表情的表現の言葉。辞書では、1.活発な、元気のよい、すばしこい。「bambino vivace」は、「元気のいい子供」。2.(頭の)回転のはやい、鋭い。3.生き生きした、活気のある。「stile vivace」は「生き生きとした文体」。4.鮮明な、鮮やかな。「colore vivace」は、「鮮やかな色」。 ちなみにvivoは、1.生きている。2.活発な、生き生きした。3.(感情が)強い、烈しい。「vivo rimpianto」は、「 深い悲しみ」。言葉の真のニュアンスを知り、なおかつ楽譜から作曲家の意図したことを汲み取ることが大切である。

■ Presto ■

確かに、急いで!というニュアンスはあるが、動作が「速い」、というよりは、時間的に「早い」というほうの意味が強い。辞書には、1.すぐに、まもなく。2.速く、急いで。3.容易に、たやすく。4.早くから、朝早く。例えば、「Presto!Aiutatemi!」は、「早く!助けて!」。Prestoと書いてあったとたん、「可能な限り速く」するというのは音楽的ではない。


テンポを変える言葉

イタリア語でジェルンディオと言うが、動詞と副詞を兼ね備えた言葉がある。例えば「crescendo」は、「crescere(成長する、増加する)」に、「endo」が付いて、「次第に強く」となる。「accelerando」は、「accelerare(速める、急がせる)」に、「ando」が付いて、「次第に速く」となる。強い中には膨らんで溢れる様な気持ちがあるし、速い中には急いて興奮する様な気持ちがある。同様に、下記3つの時間をクリエイトする言葉にも、どれもテンポを緩めることは同じだが、少しニュアンスの違いがある。

■ allargando ■

広げる、拡大。largo(幅広い)が入っているので、広がるニュアンス、クレッシェンドを含んでいる。

■ ritardando ■

遅れる。tardo (のろい、遅れる)が入っているので、減速の中にディミヌエンドを含んでいる。

■ rallentando ■

速度を緩める。lento (遅い)が入っているので、緩む減速加減は多めと考えられる。


強弱に関する言葉

「dinamico」はイタリア語では「動的な」「活動的」「活気的な」「精力的な」。強弱と日本語で書くと単に音量の幅を示唆するが、「tempo」同様に、「気分」の幅でありたい。

■ mezzo ■

mpやmfの「mezzo」は、 辞書では、「半分」という意味。「mezzo litro」は、「半リットル」。mpは、「ややピアノ」と訳すことが多いが、語源に「やや」の意味はない。

■ piano ■

辞書では、平らな、滑らかな、はっきりした、静かな、とある。音楽的解釈としてふさわしいのは、「小さく」よりも、「静かに」そして「はっきりと」していること。ピアニッシモはよりはっきり、密やかな静けさの強い意思を持っていなければならない。

■ forte ■

辞書では、強い、丈夫な、烈しい、強靭な。「giovanotto forte」は、「たくましい若者」。音量がただ大きい、というよりは、力強い質感のあるイメージを持つ。

■ sottovoce ■

sottoは、〜の下に。英語のunder。voce は声。英語のvoice。これがくっついたsottovoce は、小声で、ひそひそと。よって小さい音というだけでなく、声、つまり言葉を囁く、ひそめる、というニュアンスが欲しい言葉。


音量を変える言葉

単純に「音量」の大小で音楽を考えるということは危険なこと。和声の緊張感だけでも、自然と強弱は変わる。「強く」演奏するだけだと、その結果、音は大きくなるかもしれないが、雑音も増え、音楽の流れを止めてしまうことにもなり得る。「小さく」演奏するだけでは、芯のない弱い音になり、音楽の土台が崩れてしまう。「大きい、小さい」が自然に感じられる様な、別のわかりやすい表現で補い、想像力を働かし、常に「響き」があって、美しくある事が必要である。

■ crescendo ■

元の動詞は「crescere 」1.成長する。2.育つ。3.(草木などが)生える、伸びる。4.(量、声、勢いなどが)増す。5.進歩する。その反対のdecrescendoは「decrescere」で、低下、減少、縮小、減退の意味がある。どちらの言葉も、単に音量が大きくなったり、小さくなったりするといった以上の、様々なニュアンスが含まれている。

■ diminuendo ■

「diminuire」減らす、減少させる、少なくする、小さくする。dim. と decresc. は、辞典では同じ意味のようだが、dim.には、音量が小さくなると同時に、rit.のニュアンスも含まれる。decresc.には、それはない、と解釈し、区別する解釈もある。実際にシューベルトのように、この2つを区別して使っている作曲家もいる。


曲想に関する言葉

楽譜には様々な言葉や記号が書かれている。楽譜に閉じ込められた作曲家の思いを、それらの記号や言葉から想像して作品を再現していく過程では、楽譜には書ききれなかった心情、色彩までも探っていき、作曲家と対話することが必要だし、それが音楽をする醍醐味だ。「Umore」は、「気分」「機嫌」「ユーモア」と訳す。音楽の曲想は、すなわち作曲家の気分、演奏家の気分、そして聴き手の気分だ。楽しい曲想も、悲しい曲想も、常に機嫌よく、いい気分でいないと、技術も表現も立ち行かなくなるのが演奏の厳しいところ。そしてどんな曲想でも、聴き手にはいい気分でいてもらえるように演奏しなければならない。

■ espressivo ■

辞書にある「espressione d'amore 」は、「愛の言葉(告白)」。 「espressione triste」は「悲しげな顔つき」。「espressione contenta」は「満足げな表情」。「con espressione」は「感情を込めて、表情豊かに」。この言葉の意味するところには、感情そのものだけでなく、表情、顔つき、言葉など様々な意味合いがある。

■ grazioso ■

「優雅に」と訳すことが多いが、辞書を見ると、「una graziosa fanciulla」は、「かれんな少女」。「un grazioso cappellino」は、「かわいい帽子」。「con movenze graziose」は、「上品な物腰で」などがある。例えば「優雅で上品で繊細な」ものの代表という事で、ベネツィアンレースがあるが、そのような時間をかけた芸術作品を身にまとう高貴な人。このような「音」で、どう「演奏」するか、は、その人の頭の中にあるイメージと、技術から生まれる。生活すべての経験や知識、そして技術は、音色を作る上での想像力に活かされる。


アフェクトについて

ギリシアのプラトン以来、身体を清めてくれるのは、医術、魂を清めてくれるのは、音楽、との位置づけがあり、音楽が魂を癒し、清めてくれることで、人間は徳を向上させ、神を賛美することができる、と考えられていた。C.P.E.バッハも、「音楽はとりわけ心を動かさなければならない」と言っている様に、当時、音楽というものは、人の感情を揺り動かす力のあるもの、と考えられていた。

人の「感情」や「心」を紐解いてくれるのがアフェクト(情念)、という言葉である。C.P.E.バッハによると、良い演奏表現とは、「その曲の持つ真の内容とアフェクトを聴衆の耳に感じ取らせる」ことと言っている。

アフェクトは、17世紀の哲学者デカルトが使った言葉で、彼は、基本的な情念を、「驚き」「愛」「憎しみ」「欲望」「喜び」「悲しみ」の6つに分類した。これらは、私たちの精神の内に生じる、一種の受身な感情で、身体からの働きかけ(血行の変化、涙、汗の分泌など)によって起こる、「心自身の状態の感じ」である、という。デカルトはこのような「受動的」(に生ずる)感情を、「知性と意志の力で能動性に支配することが、真に自由で高貴な生き方である」とした。音楽することは、まさに知性と意思の力でアフェクトを表現する行為である。


C.P.E.バッハから学ぶこと(正しいクラヴィア奏法より)


「正しい運指法、適切な装飾法、よい演奏表現、この3つが、密接に結びついて正しい演奏法になる」

「演奏家には、良い演奏表現の規則に即した技量を持っているだけでなく、次のような多大で困難な技術が要求される。
・あらゆる種類のファンタジー(即興演奏)を行うこと。
・与えられた楽句を、厳格な和声と旋律の規則にしたがって即座に労作する。
・どの調の曲でも楽々と演奏し、瞬時に、しかも誤りなしに移調する。
・即座に初見で演奏する。
・通奏低音の理論を完全に掌握する。

「教師は、生徒に対して、最良の指使いを確信を持って示さないといけない。それには、少数の良い主要規則があればよいこと、そして、それを熱心に練習することで、ほとんど機械的に弾けるくらいまでにしておかなければならない。なぜならば、指使いを少しも気にかけることなく、全く自由に、もっと重要な ”表現”に思いをいたすことができるようになるためである。」