W.A.モーツァルト(1756-91)


軽やか、ユーモア、茶目っ気たっぷり、天真爛漫、神童・・・

映画「アマデウス」に描かれているイメージはこんな風だった。そして父との確執。

父レオポルトは「ステージ・パパ」であり、やり手のマネージャーであった。アマデウスは神童としてヨーロッパ中を巡って金儲けをさせられたおかげで、多くの病を患い、才能を浪費した。さらに父親が才能教育に腐心して、人間としての生き方を教えなかったために、彼は父親が死ぬとまともに生きていくことが出来なくなってしまった。36歳でその才能が閉ざされたのは本当に惜しいことである。



さて、モーツァルトの素晴らしさは何だろう。これほどまでに愛されている作曲家も少ない。それは、1つは、古典派ならではの形式美によるものであると考える。つまり、主題が一曲を通して明確に打ち出され、それが展開され、また再現される。この制限のなかで音楽が自由に歌われる訳であるが、聴く者にとっては安心感があるし、次の瞬間への期待感を具体的に持つことが出来、その期待通りに音楽は流れていく。

そして、2つ目に気高さというか、端正さというか、過剰な感情表現はいっさいなく、常に一歩上の位置から客観視し、控えめであっさりと、押しつけがましくないところだろうか。また、音の使い方に無駄がなく、必要にして最小限の音だけが起用されて、かえってそれが官能的な響きにもなっている。

それから3つ目、その音楽の明暗の不思議さである。これはモーツァルトの本当の天才だと思うのだが、長調の音楽に影を、短調の音楽に希望を感じるのである。言葉では説明しきれないが、人間の強さや弱さを、音楽にさりげなく封じ込み、それを開けた人になにげなく勇気を吹きかけるような、そんな優しさが受け取れるのである。生き生きと、喜びに満ちた流れの中に、刹那的に短調を通り抜け、切なさをふっと心に落としてまた躍動する。そんな魅力がモーツァルトの聴き所ではないか。