印象派と近代音楽(1890〜1920年頃)


19世紀の末期に、フランスに象徴主義文学や、印象主義美術が盛んになって、このグループの影響を受けたドビュッシーは、音楽にこの意想を取り入れて、印象派音楽を樹立した。それは、従来の長短音階の音組織を徹底的に破壊して、音のあらゆる可能性を再検討し、新しい音構成を試みるものだった。このような音楽を近代音楽という。多調、無調、12音音階などは、みんなここから発生してきた。フランスの近代音楽は、ドビュッシー、サティーによって形成され、ラヴェルやプーランクを輩出した。なかでもラヴェルは古典派を追想しながら、フランス流の洗練された典雅な作風を残した。またこの時代に、現代音楽への理念を作り上げていった音楽家として、シェンベルク、ストラビンスキー、バルトークがいる。

◆印象派について

19世紀のロマン主義爛熟期からいよいよ20世紀に向かうと、音楽の様相はますます複雑になる。国民主義もその大きな現れの一つであるが、音楽における古典的な形式は次第にすたれ、音楽を手段として、音楽以外の事物や物語や、または詩的な情緒や気分を描写する傾向が強くなった。印象主義の音楽はそれを創始したのも完成したのも、フランスのドビュッシーであるが、この音楽の主義は、手段としての技法からいえば、フランスに起こった絵画美術の印象主義と、象徴主義が手本となっている。よって、印象主義の絵について少し触れてみる。

その草分けとしては、フランス近代画の父であるマネとモネがあげられ、ピサロ、ルノアールなどに至って特色を発揮したが、この一派の目標は、自然の瞬間的な印象をとらえることにあった。細かいディティールにこだわらず、全体の効果だけを重んじる。したがって色彩と光線と陰影だけが重要であって、写実的な明瞭な線は用いられない。風景一つを描くとしても、筆かず少なく、もうろうとした夢のような印象だけを描くのであって、木の枝や、人の眼玉までをはっきり描くのではない。

印象とは、外界の模写ではなく、一度心情に刺激を与えた内的の印象を、主観的に表現するものをいうのだ。

これと同じ主義を音楽に表現したのが印象派の音楽である。印象主義の絵で輪郭が明瞭でなくなるように、印象主義の音楽では旋律が生命とはならない。色彩や光線としての和声が音楽を代表するけれど、それは機能和声を離脱したもので、和声を絵の具のように自由に混ぜ合わせて使うものである。だから旋律が認められても、それは第二次的、または偶発的なものにすぎず、描写される事物は、その発散する雰囲気だけを、反射的に漠然ととらえるのである。

これはル・グラン・ブルヴァール (ルノワール画)


また、この印象主義の運動と同じ考え方によって「芸術のための芸術」のモットーをあげた、マラルメ、ヴェルレーヌらの詩人による、象徴主義が提唱される。




そのような思想的、技法的結果としてのドビュッシーの音楽は、絵画の光線と色彩感を導入した、象徴的で幻想的な主観描写を狙ったものであった。


ドビュッシーにつぐ印象派作曲家の代表者には、ラヴェルがあげられる。彼は音の色彩的な使い方では、ドビュッシーの遺産を全面的に受け継いでいる。しかし、ドビュッシーの表現が常に暗示的であるのに対して、ラヴェルは明快で、正確な要素が強く加わっており、一部のピアノ曲では、クープランやラモーの古典への復帰をも示している。

近代音楽はドビュッシーによって開眼したが、これに満足せず、新古典派主義、主知的客観的を重視した人たちとして、特異な存在で知られるサティーや、サティーの現実主義に共感した6人組をあげることができる。6人組とは、デュレイ、オネゲル、ミロー、プーランク、オーリック、タイユフェールの6人である。

◆近代音楽について

年代的に近代音楽といえば、19世紀の最後の10年から、1920年頃に及ぶ、30年間をさすものであるが、音楽の本質的な変化からいえば、7音音階による調整的音楽が、ワーグナーの「トリスタン」に至ってその極限に達したかの感がある。

これがドビュッシーによって新しい道が開かれ、機能和声を無視した多調、無調(※)の音構成に、多くの作曲家が活発に創作を発表した。この期間が平均律音律の最後の到達点となる12音音楽を肯定するまでの、過渡期であったともいえる。

※多調性とは、同時に2種以上の調による旋律を組み合わせるもので、ストラビンスキーのバレー「ペトルシュカ」などにみられる。

リヒャルト・シュトラウスは、近代における最大の作曲家で、ヴァグネリズムの最後の大家でもある。しかし、彼のたどった道は、その時に応じてウィーン古典派であり、シューマン、ブラームス派であり、リスト、ワーグナー派であり、時には多調、無調でもあって、多種多様の様式を自由に使いこなした。そして彼が残したものは、ブラームス的な交響曲、シューマン、ヴォルフをつぐ歌曲、リストをつぐ交響詩、そしてワーグナーをつぐ楽劇に集約される。

シベリウスはドイツ・ロマン派の流れを汲む最後の交響曲完成者である。国民楽派としての地位を確保し、従来の古典派の形式を敢然と破りながら、調整の限度において、変化を追求し尽くしている。

ラフマニノフは、リスト以来の大ピアニストであり、チャイコフスキーの影響を受け、ピアノ曲にその本質を発揮している。

シェンベルクは、ドビュッシーについで、音楽に革命を与えた、最も主要な作曲家である。無調時代をつくり、12音技法を確立した。

また、現代の音楽理念を左右した音楽家として他に、ストラビンスキー、バルトークがいる。ストラビンスキーは感覚的原始主義に、バルトークは民族音楽の追究からの音楽語法に、それぞれ前世紀では聞くことができなかった新音楽を構成した。

無調音楽とは、主音もなく、主和音に誘導する属和音もない、しかも三度和声を捨てた音楽のことを言う。ドビュッシーによって、半音階に立つ和音が独立し、ことに、全音音階が用いられてからは、まったく従来の機能和声や、調観念が失われた。

なお、無調性音楽が作られるようになって、この種の音楽は民族性を離れ、伝統を捨てるようになった。作曲技法は民族を越えて国際的となり、音楽芸術は、もはや世界共通の語法によって、新しい共同の音楽を創作する道が開けてきた。現代において、それが更に顕著になり、これがこの後の現代、つまり私たちの生きる時代の音楽がもつ性格となるのである。