C.A.ドビュッシー(1862-1918)


ヨーロッパを旅して、フランスの国境に入る。

両替してフランスの紙幣を手にすると、これがドビュッシーの国だなあと思う。ゆとりある寸法に、洗練された上品な図案。そして、淡くほのぼのとしたうすい色で印刷された色彩は、他の国には見られない印象的なものがある。

印象派の音楽=ドビュッシーといってよいので、ドビュッシーの音楽はフランス印象主義の絵画を思い描いていただければわかりやすいが、実際には、彼が28歳の頃、マラルメの火曜会に加わってから以後、印象派画家とのつきあいが出来、その主義に共鳴することによって、その作曲は変化していく。


それまではというと、その頃の多くの作曲家がそうだったように、ワーグナーに傾倒していた時期もあった。しかし間もなくドビュッシーはパリの万国博覧会で、東洋の簡素幽玄的な表現に触れ、ヨーロッパ的機能和声や管弦楽法の過重、導旋律の不合理を悟り、ワーグナーを抹殺し、新しい音楽美を創造していった。彼の音楽にしばしば日本の旋律の断片がのぞいたり、タイ国の音階や、ガムラン音楽の影響が現れたりするのはそのためだ。

「牧神の午後への前奏曲」をあげてみよう。マラルメの象徴主義的な詩「牧神の午後」を印象主義的な手法で音楽的に描き出すことに成功した代表作である。

「暑い夏のものうい午後、森かげにまどろんでいた牧神が、水浴びをするニンフを見る。彼は半ば夢心地で、更にエトナの山に愛の女神ビーナスを抱いて法悦の境に入りながら、またも、うとうとと眠りに落ちていく。

こんなとりとめもない幻想が詩の内容であるが、ドビュッシーはこういった印象を描写するに当たって、特に牧歌的な田園気分を強調した。
オーケストラに使われる楽器にはホルンを含む木管と弦とハープに限定して、一切の激しい音色をさけて用い、しかも木管楽器を主体にして弦楽器は背景として地色に使ったにすぎない。2台のハープで交叉するグリッサンドは、静かな湖水の水を思わせ、ものういテンポで奏されるフルートの主題が、つかみどころのない牧神の夢を印象的に描き出すのである。すべては印象派の絵を見るようにおぼろげである。

ドビュッシーは他にも同じような手法で3曲の「ノクテュルヌ」や「海」「映像」などのオーケストラ作品を作った。そして彼の印象主義的技法をもっともよく発揮した作品には、2巻の前奏曲集がある。これはピアノ曲集だが、「帆」「沈める寺」「亜麻色の髪の乙女」などがある。

他にピアノ曲では「ベルガマスク組曲」や「版画」「歓喜の島」「子供の領分」などすばらしい。歌劇の「ペレアスとメリザンド」、室内楽には「弦楽四重奏曲」や、「チェロ・ピアノ」や「バイオリン・ピアノ」、「フルートとビオラ、ハープ」のソナタなど、お聞きいただきたい。

どの曲も、その音色の使い方が印象主義の絵画における色彩と共通で、ドビュッシーほど色彩感覚を音で現した作曲家は他にいないのである。